私たちの細胞にある水は、
ただの液体ではありません。

それは、自然界に現れる
雲や虹、雷のように、
目には見えない秩序と電荷を持ち、
エネルギーを静かに蓄える存在です。

その姿は、どこかバッテリーに似ています。
蓄えられたものは、
条件が整ったとき、はじめて
現象として立ち上がります。
水は、環境によって姿を変えます。
整い、並び、厚みを持ち、
あるときは流れ、
あるときは留まる。
単純な物質のように見えて、
その実、とても繊細で動的な存在です。
人の体の中では、
タンパク質がその輪郭と電荷によって、
水を引き寄せ、整列させます。
水はそこに寄り添い、
秩序を持った状態として保たれる。
そのときすでに、
エネルギーはそこにあります。
既存の理論で言われていたような細胞にある水はただの流動的な水とは違う
ということと同時に
ミトコンドリアで生産されるATPは、
一般の生化学の教科書に書かれているような「エネルギー通貨」や「ガソリン」という存在である
という理論と、療法の考えは違います。
それは「動かすためのガソリン」ではなく、
整えられた状態を保つための
静かな支点のようなものです。
Mg-ATPが関わることで、
タンパク質の広がりと水の秩序は安定し、
その場の状態は保たれます。
エネルギーは放たれるのではなく、
そこにとどまり、満ちている。
そして、何かが変わったとき。
わずかなきっかけで、
その均衡がほどけたときに、
はじめてエネルギーは
動きとなって現れます。
では、いまの私たちはどうでしょうか。
特に蜂蜜療法5年経過しているなら
エネルギーが足りないのではなく、
エネルギーが流れに変わらない。
そのような状態に、
長くとどまっているのかもしれません。
エネルギーが溜まっているだけでは流れない
ダムに貯められた水のように、高低差があって初めて
その水は「動く」のですね。

細胞では それは電位差によって成り立っています。
長い時間をかけて、
身体にブレーキをかけるような習慣や、
抑え込む方向の選択が積み重なり、
エネルギーを生み出す流れと、
それを保つ構造の両方が、
少しずつ弱くなっていった。
蜂蜜療法によって免疫抑制が徐々にゆるみ、
痛みや熱といった反応も含めて、
身体が本来の働きを取り戻しはじめるとき、
私たちはようやく
「自分で調整する力」に触れていきます。ここが立ち上がってくるまでが最初の5年です。
その先にあるのは、
エネルギーを蓄えられる状態の再建です。
ここで関わってくるのが、光です。
さぁ、どんな種類の光を 私たちは1日の中で浴びているでしょうか?
光(特に赤外線)は、水に働きかけます。
整列を促し、層を厚くし、
見えない秩序を広げていく。
その結果、
エネルギーは保持されやすい状態へと移っていきます。
けれども現代の私たちは、
私たちの身体に共鳴する要素をたっぷり含んでいる日光をどこかで避けています。
長く外にいられない。
日差しに疲れてしまう。
汗や熱に違和感を覚える。
本来は受け取ることで整うはずのものを、
遠ざけてしまっている。
もちろんPUFAをたくさん抱えている人とは相性が悪いですから、それもあります。
私たちは、
「エネルギーを生み出す仕組み」と、
「それを保つための状態」 の両方を、
間違って教わってきたのですね。
それでも、
すべては失われたわけではなく、
ただ静かに、真実としてそこに存在し続けているのですが。
あなたのポテンシャルと、その開花の可能性は、
カロリーや美容液よりも、
この仕組みを意識して生活しているか?に
大きく左右されます。
ポテンシャルとは、
何かを付け足すことで生まれるものではなく、
すでにあるものが、
滞りなく流れはじめること。
環境と、身体と、意識は、
分かれているようでいて、ひとつの流れの中にあります。
どこかが変わると、
他もまた同じように動き出す。
だからこそSculptured Loveを作ったのです笑
回復には順序があり、
急ぐほどに、焦るほどに、何かを省きたくなり、見えなくなるものもあります。
これまで積み重ねてきたものを見つめながら、
少しずつ意識から整えていく必要があります。
その過程の中で、
私たちがこの地上で生きていられる生物である
その理由が、
静かに、体の内側を通して
理解されていくのかもしれません。
そしてむしろ その理由こそ
失ってはならないのです。
SHINO

